春風亭一之輔真打昇進披露公演 国立演芸場 5月中席 5月19日
満員御礼。終演まで立ち見のお客さんも数人いらっしゃった。
さて、緞帳が上がった。
最初の後ろ幕は、「日本橋女学館 中学校・高等学校同窓会同志」寄贈のもの。
(師匠一朝のお内儀の母校)
構成は次の通り。
春風亭朝呂久『新聞記事』 (12:45-12:59)
開口一番は朝呂久。着実に成長している印象。兄弟子二ツ目の朝也、一左も聞いたことはあるが、私はこの人のほうを評価する。見た目も落語家として得をしているし、柳朝、一之輔とも異なるキャラクターで、一朝一門としても将来は貴重な位置を占めそうな期待をさせる。
古今亭駒次『飛行機怖い』 (13:00-13:14)
師匠志ん駒ネタなどのマクラの後、この人ならではの“乗り物”の新作。格安航空会社で東京から大阪に行く騒動なのだが、私はこの人の新作は嫌いではない。と言うか、古典を聞いたことがないなぁ。古今亭志ん生一門では貴重な存在。基本も結構できているし、小三治会長の判断次第だが、抜擢真打昇進が期待できる逸材である。
春風亭柳朝『真田小僧』 (13:15-13:35)
今日のお目当てのもう一人がこの人だった。入院、手術を経て、ようやくこの国立演芸場で弟弟子の披露に間に合った。少し痩せたとは思うが、血色もよく元気な高座。口上の司会役も務めたが、この人の端正な高座や仕草は、師匠一朝をもっとも継承しているように思う。とにかく健在で、良かった。
マギー隆司 奇術 (13:36-13:50)
初めてである。話芸もなかなか楽しい奇術。いいんだなぁ、こういう安心できる芸って。
春風亭勢朝 漫談&『紀州』 (13:51-14:10)
前半15分は定番の漫談と、本編の誘導部分混在。いつものこの人の高座。それでも会場をあれだけ沸かす技量は高い。
三遊亭円歌『御前落語』 (14:11-14:30)
今日の協会幹部からの出演はこの人。口上の時に分かったが、四日間出演の最終日らしい。何度も聞くのだが、何度も笑える。八十三歳にして、この高座、これが「長生きも芸のうち」ということなのだろうか。途中で、舞台の上にかかっている額の「喜色是人生」の書が入江相政によるものだと説明するあたりが、流石だ。
真打昇進披露口上 (14:45-14:57)
後ろ幕は「日本大学芸術学部 芸術学部落語研究会」寄贈に替わった。
下手から司会の柳朝、勢朝、一之輔、一朝、円歌の五人が並ぶ。柳朝の思い入れを込めた話も良かった。勢朝のギャグも結構受けた。最後に円歌に三本締めを柳朝がお願いしたのだが、円歌が、「締めの前に一言。この披露興行、一日も休まなかった師匠一朝は偉い!」で、私は、なぜか目頭が熱くなった。円歌は弟子の披露興行で十日は出るこができなかった、と振り返る。もちろん、当時の円歌の人気からはあり得ることだが、一朝の健気さに、この長老も感じるものがあったのではないだろう。締めの前の句、「手を取って ともに登らん花の山」円歌の定番だが、その言葉までもが、胸をうった。
春風亭一朝『家見舞い』 (14:58-15:18)
後ろ幕は一之輔後援会寄贈に替わっていた。
自分の弟子の人数を忘れて楽屋に向かって聞くなど、ちょっと落ち着かなかったのは、間違いなく円歌の口上の影響だろう。しかし、本編は大変結構でした。
江戸っ子の会話のリズム、不思議に可愛く可笑しい仕草など、私はこの人の高座が好きだ。真打昇進披露興行四十九日にして、師匠は健在。だからこその、一之輔の高座なのだろう。
この五十日間の興行は、一之輔と師匠一朝の新たな一歩になった、そんな気がする。
大瀬ゆめじ・うたじ 漫才 (15:19-15:30)
こういう色物さんがいてくれるから、寄席は成り立っているのだろう。笑いを取り、その時間管理を含め、プロの芸だった。
春風亭一之輔『五人廻し』 (15:31-16:07)
本人のフブログで喉の調子が良くないことは分かっていた。たしかに、少し鼻声だ。
これまでのネタは一昨日が『茶の湯』だったのは判明していたが、前日八日目は確認できずに電車に乗っていた。
高座に上がり、この人らしい話とアクション(?)が続く。
「円歌師匠の口上は、何を言っているか分からない時がある」「先ほどお帰りになりました」「言葉ならいいけど、文章にしたら意味不明でしょうね」。
この人の図太さが最初にドーンと伝わる。少し鼻声で決して体調は万全ではないのだろう。
そして、マクラの途中で、「えっ、子供?」と会場を見て叫ぶ。「子供だよね」。考えていたネタについて、計算が狂った状況のようだ。
いきなり立ち上がって、下手から歩き、上手からも歩き、子供さんが座っている場所が“死角”だと説明。
「試練と思ってやります」と始めたネタ。
「その昔、吉原という・・・・・・」で、会場から笑いと拍手。
これだ。私が浅草でかけると予想していたが、とうとう今日まで登場しなかった噺。
最初が江戸っ子の若い衆。三つの頃から大門をくぐっている経験と知識(?)を披露し、吉原の法と歴史を牛太郎の喜助に、まくし立てる。それを聞いていた“気障(きざ)”な若旦那、「せつは・・・・・・」の科白が、あの『酢豆腐』を彷彿とさせる。三人目が、病で伏せている妻に吉原に送り出された侍風の男。「女郎買いの本分は、何と心得るかぁ!」と喜助を責める。四人目が、あの(?)田舎大尽。そして、五人目は力士。
最後の五人目を田舎大尽にする場合のほうが、今では多いように思うが、実は力士の創作は、廓噺の名人、初代小せんによるもの。一之輔のこの噺を横浜にぎわい座の地下、のげシャーレで最初に聞いた時の驚きを、今でも忘れない。2010年8月20日のブログ
今日は、鼻声で体調は絶好調とは言えなかったと思う。しかし、披露興行の最後の最後という状況で、このネタに決めて高座に上がり、子供さんを見かけて逡巡する中、「これも試練」と演じきった高座、堪能した。
本人は体調を含め不満もあるだろうが、私はあえて今年のマイベスト十席の候補にしたい。
まさか『五人廻し』に出会えるとは思わなかった。長丁場の真打昇進披露興行、国立演芸場は定席とはグレード的に違う扱いを受けているようだが、私は定席の延長として考えたいし、十分にそれだけの内容だったと思う。
円歌の気配り、師匠一朝の律儀さ、そして、そろそろ喉や体調に異変があって然るべく一之輔の粘り。隼町での興行は定席と負けない盛り上がりだった。
- [2012/05/19]
- 落語会 |
- トラックバック(0) |
- コメント(0)
- この記事のURL |
- TOP ▲
真打昇進制度は必要か? 昇進の条件はどうあるべきか?
落語ブログの中で、いつも立ち寄らせていただき、その鋭い鑑識眼を尊敬している“ほめ・く”さんが、5月15日の記事で、真打制度そのものに対する問題提起をされている。ほめ・くさんのブログ該当記事
ほめ・くさんの記事は、翌5月16日に朝日新聞のサイトに掲載された記事を先取りするような内容だった。ASAHI.COMの該当記事
真打ち選び、基準は実力?年季? 東京落語で試行錯誤
東京落語の真打ち昇進に今年、変化が起きた。若手が先輩を追い越したり、公開試験で決まったり。年功序列が定着していた世界で、真打ちの選び方の試行錯誤が始まっている。
4団体で最大の落語協会は、二つ目59人から3人を抜擢(ばってき)。春昇進の春風亭一之輔(入門2001年)は21人抜き、秋昇進の古今亭朝太(同1998年)は8人抜き、古今亭菊六(同02年)は28人抜きとなった。
落語立川流では昨年、立川志らく門下の二つ目4人が「真打トライアル」に臨み、立川こしら、立川志ら乃が今年中の昇進を決めた。
一方、落語芸術協会(芸協)と五代目円楽一門会は、従来通り修業を始めた年季順で昇進する。
真打ちは落語家で最上級の身分。若手の中で実力があると認められた人が選ばれる。本来、寄席の最後(トリ)に出演する資格で、寄席を経営する席亭が実力を見て推薦し、決まっていた。戦前からある2団体で真打ちになるのはそれぞれ年に1、2人が普通だった。それが、50~60年代の落語ブームで入門者が増え、70年代から年季順に年5~10人を大量に昇進させる例が出てきた。落語協会は2年前まで、ほとんどは年功序列だった。
落語協会幹部によると、今回の年季順によらない昇進は柳家小三治会長の意向だ。二つ目勉強会を会長自ら聴いたうえで3人を選んだ。入門して14、15年経てば儀式のように昇進するのを嫌っていたという。ただし、来年以降は未定だ。
柳亭市馬副会長は「真打ちは、昔は到達点だったんですけどいまはスタートライン。何十人も飛び越して一人で昇進したからって、将来が明るいとか安心なわけではない」。ある二つ目は「実力を認められれば真打ちに上がれるから、やる気になる」と話す。
落語協会では80年前後、真打ち昇進のあり方を巡り故・三遊亭円生や故・立川談志らが脱退。現在の円楽一門会と立川流ができた。
立川流は、真打ちになるには落語100席と歌舞音曲などを身に着け、家元の談志が認めることを条件とした。談志は落語協会の真打ち昇進試験で弟子を落とされ、自己流の基準を新たに作った。
今回は、客席と師匠の志らくが採点する公開試験方式を6回実施。「自分が認めるだけでは弱い。客の後押しをもらいたかった」。年功序列への反発もある。「プロ野球だって何年やっても実力がなければクリーンアップを打たせない」
一方、芸協の桂歌丸会長は「抜擢された本人が苦しいのでは。楽屋で疎外される場合がある。残された人間が面白くないのは当たり前」と話し、年功序列を続ける方針だ。
実は立川流でも、試験は必須ではない。入門から20年以上経て、大きな実績がないまま真打ちに昇進した弟子もおり、「情」の面を残している。
上方落語では真打ち制度自体がない。大正時代に消滅した。05年に導入を検討したが見送られている。
演芸評論家の矢野誠一さんは「現代に真打ち制度が適応しているか、考えないといけない」と指摘する。
落語家は500人もいるのに寄席は4軒だけ。多くの真打ちはトリをとることがなく、一流の証しにはならない。落語家は自分で芸名を大きくして、価値を上げるしかないのが実態だ。小三治が若手を早く昇進させるのは「真打ちには価値がないと、反面教師的に教えているのだと思う」というのが矢野さんの見方だ。
落語プロデューサーの京須偕充(ともみつ)さんは「現状に多少の危機感が落語界の内部にあったと思う」とみる。00年代の落語ブームが落ち着くと、ギャグや受けを重視する演者が目立ち、話の筋を聴かせる話芸がおろそかになっているのでは、というわけだ。京須さんは抜擢や試験による昇進を「真打ち本来の姿が見直された意義は大きい」と評価している。(井上秀樹)
矢野誠一さん、京須偕充さん両方のコメントを掲載することって、意外に少ないので、この記事は全文引用させてもらった。
この問題は、非常に悩ましい。
(1)真打制度は必要か
(2)必要とするなら、何を基準、あるいは条件とするか
ということが、大きなテーマになるだろう。
私は、(1)については、「真打制度は必要」に一票を投じる。理由は大きく二つ。
(A)落語の世界で生きていくための通過儀礼であり適性審査として
大学受験などにも言えると思うが、どこかに、一つの壁を超えるための試練は
必要なのだと思う。そこを越えなければ、別の道を選ぶことだって可能だ。
一定の修行期間や、何らかの基準での評価によって、自分が、その先に進んで行く
だけの資格があるか、それとも他の道を歩むべきかを、その適性を自覚する役割も
持つ。「やりたい」という思いだけで生き残れるほど、本当は甘くないはずなのだ。
(B)落語界全体の活性化のために
特に若手噺家にとって、良きライバルがいて、お互い切磋琢磨することで将来落語界
を背負って立つ噺家が生まれるのだと思う。長い目で落語という芸能が活性化される
ために、真打昇進を競い合いのは、悪いことではない。
次に(2)の問題。ほめ・くさんのブログや朝日の記事でも分かるように、東京の各派は、まったく基準がバラバラである。基準や条件は一つにしないと、私が(1)であげた「必要性」の理由にも説得力がなくなる。同じルールでなければ勝負にはならない。かたや相撲、こっちは野球、ということになってしまう。
だから、統一基準が、本当は欲しい。
ではどんな基準、あるいは条件がいいのだろうか?
同じ伝統芸能の歌舞伎はどうなっているか。「落語と一緒にするな!」というお叱りは覚悟で歌舞伎からヒントを探りたい。歌舞伎の世界では、かつては数多くの格付け(グレード)に分かれていたが、今日の大きな格付けとして、「名題」と「名題下」の違いがある。これは「真打」と「二ツ目」に近いのではないか、そう思ったのだ。
社団法人日本俳優協会と社団法人伝統歌舞伎保存会が協力して設置した歌舞伎公式ホームページ「歌舞伎 on the web」には、次のように説明されている。歌舞伎on the webの該当ページ
「名題(なだい)」とは
歌舞伎俳優の身分制度は時代によって変遷してきましたが、現在は「名題」と「名題下(なだいした)」に大別されています。
名題俳優(名題役者ともいう)になるには、まず、日本俳優協会の名題資格審査(名題試験)に合格して「名題適任証」を取得した上で、諸先輩やご贔屓、興行主など、関係方面の賛同を得て、名題昇進披露を行う必要があります。
ついで、と言うわけではないが、「名題下」の解説に、かつでの格付けの名前があるので、ご紹介する。
「名題下」とは
名題に昇進していない俳優を「名題下」といいます。
以前は、名題下俳優の中に、さらに相中(あいちゅう)、上分(かみぶん)、名題下の三階級があったといわれますが、現在はこの区別はありません。
名題下俳優の中には「名題適任証」を取得していながら、あえて名題に昇進しない人もいます。それは、名題と名題下の区別が単なる身分の上下ということでなく、専門とする仕事が違うという面もあるからです。
ちなみに八代目林家正蔵の『中村仲蔵』では、マクラで(歌舞伎)役者の格付けを、「人足-大部屋-相中-相中上分-名題下-名題」と説明されている。これは、余談。
名題になるための条件は次のようなものだった。
(1)日本俳優協会の名題資格審査(名題試験)に合格する
(2)「名題適任証」を取得する
(3)諸先輩やご贔屓、興行主など、関係方面の賛同を得て、名題昇進披露を行う
(1)の「名題試験」のことは詳しくは知らないが、どうも筆記試験あるいはレポート、そして実技試験があるらしい。
(2)は日本俳優協会の会員になる、ということのようで、「名題試験」に合格しても、必ずしも「名題適任証」も取得する、あるいは取得できるわけではないようだ。その仕事の内容によって必ずしも試験合格者が「名題適任証」を取得しないこともあるらしい。推測でしかないが、「試験は合格だが、素行が悪い」などの人物評価が加味されて取得を認めない、ということもあるのかもしれない。詳しくは知らないので、ご勘弁を。
(3)は、落語の世界の真打昇進が、かつては寄席の席亭の推薦ありき、だったから馴染みのある条件とも言えるだろう。「客を呼べる」と思われなければ、やはり「名題」にはなれないのだろうし、支援者、相撲の世界で言うタニマチがいなければ、芸人を長くつとめることはできないだろう。
私は、東京の落語の各派が、統一基準をつくることは可能だと思っている。また、まさに今、その議論をすべきタイミングではないかとも思っている。
特に、家元亡き今の立川流は、家元のつくった基準の見直しなど、何らかの将来への布石を打たないと、個々の噺家の単なる寄合になるだろう。芸術協会だって、「ウチはウチ、年功でいきます」と言い続けることが、果たしてできるのだろうか。円楽一門にしたって、芸術協会主催の定席を合同で開催するようになると、早晩、昇進基準の相違が問題になるに違いない。
そして、落語協会だって、一之輔、菊六、朝太という抜擢昇進の後、いつまでも小三治会長の審美眼にのみ頼ることは難しいだろう。かと言って従来の年功エスカレーター昇進には戻って欲しくない。
統一真打昇進の条件として次の内容を提言したい。あくまでも、「叩き台」としてである。
受験資格は、入門から10年経過、師匠の推薦あり、の全員。
(1)筆記試験あるいはレポート
落語の幅広い基礎知識を評価するか、特定の課題へのレポートとするか検討し、
いづれかの方法で、落語の基本的な素養を確認する。
試験とレポートの両方、一年交代で実施、などはその内容も含めて要検討。
(2)実技は二種類
(A)太鼓
いわゆる前座修行の確認。基本の太鼓実技を審査する。この試験の実施によって、
芸術協会と他派との合同開催も、その意義が増えるのではなかろうか。円楽一門、
立川流の前座や二ツ目さんも、しっかり定席の場で稽古してもらおう。
笛も加えていいのかどうかは、今時点では保留とする。
審査は協会選出の中堅と、下座のベテランの皆さん。
お茶出しや高座返しなども加えるか、など検討の余地はあり^^
(B)落語
20分位でできる30席位のネタをあらかじめ試験科目として公開しておいて、本人が
選んだネタと、当日抽選で選ばれたネタの二席を演じる。審査は各協会幹部、席亭に
加え、できれば公開審査としてお客さんの評価も反映したい。有料で実施しても、
それぞれの落語家の贔屓や支援団体(?)でチケット争奪戦になるかもしれない^^
二度に分けて実施してもいいかもしれない。
ちなみに、ネタは三年一度位は半分入れ替えたほうがいいだろう。
(3)定席寄席の席亭、および恒常的に落語会を主催するすべての席亭の一定の推薦
まず、定席の席亭。そして、地域落語会などを主催する方々も加えたい。
デジタル化は難しいが、もし定席の席亭が持ち点10点ならば、たとえば、過去
三年間に10回以上の落語会を主催した地域落語会の席亭に3点でもいいから与える。
幅広く落語のタニマチとなっている方の声を、ぜひ反映したい。
相当思いつきだし、もちろんアナログな部分は残る。もっと細かい点で吟味が必要だろう。あくまで、「叩き台」としてお考えいただきたい。何らかの議論のベースがなければ、その先には進めないだろう。
「東京共通真打昇進基準」として、こんな内容を各派が検討してもいい時期ではないだろうか。今のような状況のままなら、真打制度の存在理由はどんどん稀薄になるばかり。そう思う。
- [2012/05/18]
- 真打 |
- トラックバック(0) |
- コメント(6)
- この記事のURL |
- TOP ▲
<銀座の噺小屋> 喜多八膝栗毛 春之瞬 博品館劇場 5月16日
ここ最近私が見た喜多八は、高座そのものはしっかりしているし声も出ているのだが、顔色や頬のこけ方などの見た目は、少し心配させる印象だったので、最新の喜多八ウォッチングとしても楽しみにしていた。
構成は次の通りだった。
-----------------------------
三遊亭天どん 『タラチネ』
柳家喜多八 『短命』
柳家喜多八 『宿屋の仇討』
(仲入り)
柳家小菊 粋曲
柳家喜多八 『ねずみ穴』
-----------------------------
三遊亭天どん『タラチネ』 (19:01-19:22)
久しぶりだ。私はこの人、嫌いではない。つくし、小駒と同様平成9(1997)年入門の16年目。かつての年功的な昇進なら今年、あるいは昨年真打に昇進しているはずの経歴である。マクラで、「真打にもならず・・・・・・」と自虐的な言葉もあったが、一之輔という名も会長の名も出さずあっさり目で、嫌味はなかった。円丈一門の新作派ということと、自分の今の力量を自覚しているのだろうと思ったが、悔しくないはずはない。
さて、本編は、最初に本寸法の言い立ての内容とサゲを演じておいて、この人ならではの改作を披露。八五郎のところに輿入れするのが、ハーフで金髪、英語まじりの訳の分からない日本語を話す女性、という設定。
「今朝は怒風激しゅうして、小砂眼入す」は「This Morning怒風激しゅうして、小砂In My Eyes」となる。
そして、この千代さん会話の最後に決まって「Don't you?」と入る。ここで、結構ベテラン落語ファンの多い会場も沸いていた。やや、会場の空気に威圧されて、伸び伸びとして高座、とは言えなかったとは思うが、かつて初代柳家三語楼が英語を取り入れたネタで会場を爆笑させた時の印象もこんな感じであったのだろうと思わないでもない、センスの良さを感じた高座。来年の真打昇進を期待したい。
柳家喜多八『短命』 (19:23-19:40)
開口一番、「私は落語をやります!」で笑わせる。顔色も良く、顔も少しふっくらしてきたようで、安心した。
このネタは1月に座間の鯉昇との二人会で初めて聞いた時にも感心したが、それを上回る高座だったと思う。見せ場は、やはり伊勢屋の婿が三人続けて早死にする理由が分からない鈍感な八五郎と、それとなく自分の推測を伝えようとする隠居との会話なのだが、演出上の喜多八の際立った特徴は二つ。
(1)のいる・こいる漫才のような、だんだん聞こえなくなる科白のリフレーン
私が好きな“のいる・こいる”の昭和こいるによる、例の「しょうがない、しょうがない、
しょうがない・・・・・・」というリフレーンを髣髴とさせる八五郎のセリフが、だんだん
フェイドアウトしていく演出が可笑しい。
これについてはマクラで「昔の噺家は、最初は口だけ動かして、ほとんど聞こえないように
語り始め、客を緊張させる」と伏線を張っていたので、それを思い出しても笑える。
(2)いわゆるジェスチャーのみのサイレントな会話の描写
隠居が伊勢屋の婿が短命な理由を婉曲かつ小さな声で八五郎に説明しようとして、次第に
サイレントなジェスチャーだけになると、八五郎も仕草だけで対応する場面が、しばらく続く。
生の高座でしか味わえない楽しさである。
他にも、八五郎が帰宅してからご飯の給仕を女房に頼む際の会話、「俺たち夫婦だろう?」「夫婦じゃないよ!」「じゃぁ、何だい?」「親分子分だよ!」、といった会話の可笑しみも含め、結構な高座だった。
一月の座間のことを書いた際(2012年1月14日のブログ)にも、このネタで“しゃべくり”とスピード感のある演出で秀逸な白酒とは好対照な、語らずに見せる喜多八の芸、素晴らしかった。サイレント部分が少し長いことには、人それぞれに好みはあるだろうが、私はこの高座を今年のマイベスト十席の候補とする。
柳家喜多八『宿屋の仇討』 (19:41-20:14)
ネタ出しされており、配布されたプログラムには三席目に書いてあったが、仲入り前に登場。
大師匠三代目小さんも十八番だった。また、小さんの盟友(?)三代目三木助の高座も有名。私は先代柳朝の音源も好きだ。江戸っ子三人衆の弾けぶりが楽しい。
喜多八の侍は定評のあるところ。万事世話九郎には声に張りがあり、威厳のある怖い侍が見事。源兵衛たち江戸っ子三人衆のはしゃぎっぷりも楽しい。あえて難を言えば、伊八が少しおとなしすぎる印象。しかし、このあたりは難しいところだ。伊八を抑えて演じるから世話九郎と源兵衛たち三人の対比が明確になる、とも言える。
気になったのは、細かな舞台設定と名前。大師匠小さんは源兵衛のおじさんのいたのは川越。これは三木助も同じ。しかし、喜多八は高崎としていた。そして源兵衛が間男をした先の侍の名は小さんが小柳彦九郎、弟は大五郎。三木助は石坂団右衛門、大助。喜多八は、聞き違いかもしてないが、中野団右衛門、大助としていたはず。また、二人を斬って逃亡したという話に、金を盗んだことを省いていた。小さんは、百両盗んだ設定だ。
師匠小三治のこのネタを知らないので、師匠譲りなのかもしれないが、私としては大師匠の設定を替える必要性を感じない。ネタ出しされていると、先に持っている音源を聞いたりするので、どうしてもこのへんがひっかかる。
東京で演じられている他の多くのネタと同様、元は上方。三代目小さんが東京に移したわけだが、江戸に似た噺として『庚申待ち』がある。これは五代目志ん生が十八番にしていたが、今は高座で聞くことはなくなった。志ん輔が「古今亭の噺」へのこだわり、ということで復活させてくれないかなぁ、などと思いながら聞いていた。
柳家小菊『粋曲』 (20:30-20:47)
この人が登場すると一気に会場が江戸の花柳界になったような気がする。十八番の「蛙ひょこひょこ」の三部作で温めておいて、しっとりとした都々逸、さのさでほろっとさせる。中でも都々逸がいいのだ。
「浮名たてたて 二人の浮名 はたで手出しの出来ぬほど」
「夕立のざっとふるほど浮名はたてど たった一度もぬれやせぬ」
大人の世界なのだ。最後は大津絵「明神の御祭禮」で締める多彩な芸に、どうしてもこの人の旦那が憎らしく思えるのは、私だけではないでしょう^^
柳家喜多八『ねずみ穴』 (20:48-21:20)
「最後は人情噺でごまかすのがよいようで」というマクラが、ネタの順番を替えた理由のようだ。
先に言っておくと、この噺はあまり好きではない。ドラマティックな悲劇的内容なのだが、早い話が「夢」ということでハッピーエンドに終わるのが、どうもしっくりこないのだ。同じ夢の噺でも『夢の酒』『天狗裁き』『夢金』などは嫌いではない。やはり、滑稽な要素の少ないシリアスな内容を、「夢」で終わらせることに「ほっとする」解放感よりも、「そりゃないだろ!」という思いが強く、途中で噺を聞いていても、「どうせ夢なんだからなぁ」などと思ってしまう。もちろん、人によって好みは違うので、あくまで私のこのネタへの思いである。
しばらく演じられなかったネタを六代目円生が復活させ、その弟子先代円楽、談志家元と十八番にしており談志の高座は火事の場面が迫力があって評価が高いようだ。喜多八の師匠小三治も持ちネタにあるので、師匠の高座を傍で見て覚えたのだろうか。終演後の「居残り会 分科会」でSさんもおっしゃっていたが、無駄を省いた贅肉のない構成は良かったと思う。竹次郎の田舎言葉は、たとえば談志はもっとくどくなるが、喜多八版は田舎らしさもほどで好印象。兄の因業ぶり(?)も、あっさり目である。これまた好みの問題だが、兄はもっといやらしく描いてもいいように思う。終演時間を少し気にしたのか、本来の構成なのか、火事の場面も非常にあっさりしていた。
仲入りで喫煙所に行ったところ、伊武雅刀さんがいた。WOWOWの「落語家Xの快楽スペシャル」で喜多八の稽古で『笠碁』を演じたが、なかなか結構だった。師匠の会で、次のネタの勉強かな^^
さて、終演後は銀座での「居残り会 分科会」。今回はリーダーSさんとSさんのお知り合いである素敵な女性お二人と、私の知り合いのご夫婦を含む六名での楽しい会となった。お店は、以前ブロッサムの小満んと喬太郎の会の後に行った、志ん朝もかつて来たことのある東銀座のお店。名前は教えない^^
初対面の人たちも、落語や歌舞伎の話ですぐ打ち解けていく。好きな芸能の話と絶品の肴で時間のたつのを忘れ冷酒の空瓶が増えていった。帰る電車の途中で、すでに日付変更線を越えていた。
なんとか朝早めに起きて、思い出しながら書いている次第。喜多八も元気だったし、「居残り会 分科会」も素敵な女性陣に囲まれ誠に結構でした。
p.s.
あらためて、先代柳朝版を聞いた。うかつだった。源兵衛のつくり話の舞台は高崎だ。神奈川宿の宿の名も菊屋で喜多八と同じ。源兵衛が斬ったという侍の名が三浦忠太夫、弟は大蔵(たいぞう)と違うが、万事世話九郎が前日に泊まった小田原宿の宿の名が浪速屋であることや江戸っ子三人衆の科白を含め、喜多八は柳朝の型によく似ている。もしかすると、柳朝に稽古をしてもらったのだろうか。てっきり、大師匠小さんの型と思い込んでいたが、予習(?)が足らなかったようだ。この件、今後もフォローしたいと思う。
- [2012/05/17]
- 落語会 |
- トラックバック(1) |
- コメント(4)
- この記事のURL |
- TOP ▲
橋下は、日本の文化を何と考えているのか。―文楽助成金削減問題
夕刊フジのサイトZAKZAKに次の記事があることに気付いた。橋下が大阪の文楽協会への助成金を削減したことに対する反対活動について書かれていた。ZAKZAKの該当記事
橋下市長に有名人が一斉ブーイング!有栖川有栖、コシノヒロコ…
2012.05.10
「大阪独自の文化・文楽を守れ!」-。大阪市の橋下徹市長(42)が財団法人文楽協会への助成金を削減したことについて、雑誌「上方芸能」が5月11日に発刊する最新号で、橋下氏の方針に反対する132人のメッセージを掲載することになった。
メッセージを寄せたのは推理作家の有栖川有栖氏(53)をはじめ、作詞家のもず唱平氏(73)、ファッションデザイナーのコシノヒロコ氏(75)ら各界著名人の名前がズラリ。前市長、平松邦夫氏(63)の名前もみえる。
発行人の文芸評論家、木津川計氏(76)は「文楽は儲からない文化で、行政の支援が不可欠。橋下氏は『公金を入れないと成り立たないのは文化ではない』と言っているが、それではすべての文化が淘汰されてしまう」と指摘した。
橋下氏は文楽協会へ支出していた年間約5200万円の補助金を「ゼロベースで見直す」と宣言。25%の削減案とアーツカウンシルによる評価を実施することを明らかにした。
同誌は3年前にも府立上方演芸資料館(ワッハ上方、大阪市中央区)の処遇をめぐって「壊すな! ワッハ上方」と橋下氏に反旗を揚げたことがある。結局は吉本興業がすべてを引き受ける形で決着したが、木津川氏は「文楽は吉本がバックにいるワッハ上方とは事情が違う」と指摘する。
橋下氏は「文化団体に補助金を出すなら、コンクールで賞金を出した方がいい」と話しているが、木津川氏は「競争原理や市場原理で文化を語る橋下氏は、本当に危険だ。文楽や交響楽団のような集団芸術は、落語や歌舞伎などと同列に扱うのは間違っている」と話す。
文楽を応援する声が続々と集まっていることに、人形遣いの三代桐竹勘十郎(59)は「若手の養成費、育成費は削ってほしくない。これまで文楽協会は、守り育てることに重きを置いてきて、宣伝して売り出す人材がいなかったのも事実。私もお声がかかればどこへでも行って、文楽のアピールをしたい」と話している。
文楽ファンという有栖川氏は「文楽が必要な人は必ずいる。橋下氏の文化政策は働く人間の職種を減らすもの。その結果、大阪は大きな田舎になってしまう」と話している。
『公金を入れないと成り立たないのは文化ではない』という橋下の発言には、ただただ呆れる。
大阪府が見捨てた「ワッハ上方」だって、吉本の経営になってから、それまでに開催されていた落語会がなくなった。
「競争原理や市場原理で文化を語る橋下氏は、本当に危険だ。」という『上方芸能』発行人の木津川さんの言葉は、教育の分野にも同様の論理で改悪を図ろうとする橋下の問題点を的確に表現している。
ちなみに『上方芸能』のことを知らなかったのだが、同誌のサイトによると、次のような歴史があるらしい。『上方芸能』のサイト
雑誌『上方芸能』は、1968年4月26日に「上方落語をきく会」の会報として創刊されました。当初は落語中心の内容でしたが、徐々に上方(京阪神)の芸能全般を取り上げる雑誌へと進化していきました。
現在では能・狂言、歌舞伎、文楽、日本舞踊、上方舞、邦楽、現代演劇、歌劇、落語、漫才など、幅広いジャンルを毎号取り扱っています。
どれかひとつでも芸能に興味をお持ちの方、関心はあってもまだ情報収集ができないでいる方にも幅広く読んでいただけます。
一読すれば古典から現代まで、上方発の芸能に触れることができ、どんどんその世界にのめり込んでいくこと間違いなしの雑誌です。
落語から始まったのか。この雑誌を知らなかったのは、私の不徳のいたすところ。バックナンバーを確認し、ぜひ何冊か取り寄せようと思っている。関西を離れてかれこれ三十余年、上方落語の現状や、こういった芸能を支援する媒体や活動に、とんと疎くなった。ちょっと気合を入れなければと、この記事を読んで改めて思っている。
少し調べてみたら、木津川計さんは、NHKの『芋たこなんきん』で平泉成が演じた『上方文化』発行人畑山耕三のモデルらしい。こんなことを書くと、関西の落語愛好家から「そんなこと知らんで、あの朝ドラ見てたんかい!?」と突っ込みが入りそうで、冷や汗が出る。あのドラマは好きだった。藤山直美と國村隼が演じる田辺聖子さんと“カモカのおっちゃん”夫婦が、夜二人でゆったりと飲みながらの会話は、私と連れ合いとが飲みながら交わす会話と違って、なんと心くばり豊かで品があるのだろう、と羨ましい限りだった・・・・・・。
さて、この問題に戻る。こういうニュースを大新聞もテレビもまったく取り上げないのか、と思って調べたら、3月に読売が次の記事を掲載していた。YOMIURI ONLINEの該当記事
大阪市の補助金削減問題、前ユネスコ事務局長・松浦晃一郎氏に聞く
橋下徹大阪市長が打ち出した文楽協会への補助金削減で人形浄瑠璃文楽が揺れている。
伝統芸能と文化行政の関係はどうあるべきか。国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)で、文楽や歌舞伎、能の無形文化遺産登録に尽力した松浦晃一郎・前ユネスコ事務局長に思いを聞いた。
「ユネスコの事務局長に選ばれる際の公約の一つが無形文化遺産の重視だった。それまでは西欧中心の有形文化遺産が軸で、サハラ以南のアフリカやアジアの芸能などの無形文化に目が向かなかった。幸い日本には『人間国宝』という制度があり、その考え方を世界に広めようと思った」
「駐仏大使時代、文楽が来仏して『曽根崎心中』を上演したが、字幕であっても観客が涙を流す光景を見て、心底感動した。他国の文化への尊敬心を持つフランス国民も素晴らしいが、日本には世界に誇る無形遺産があると確信した。歌舞伎も同時期にフランスで公演を行い、先日亡くなった中村雀右衛門と中村富十郎の舞台に、現地の人は盛大な拍手を送った。そんな経験が、ユネスコでの仕事につながったように思う」
「今回の文楽に関しては、大阪市の補助金の問題になっているが、私は国が積極的に文化予算を増やすべきだと思う。他国に比べて日本の予算は少なすぎる。民間の寄付の優遇制度も整っておらず、仏や韓国に比べて格段に少ない。財政赤字で予算は厳しいだろうが、『無形文化遺産』は世界的に普遍的な価値を持つという意味であり、世界の宝。大阪だけではなく、日本全体で支えるべきだ。大阪だけの問題ではない」
「フランスは、文化を経済と同等の価値を持つ力と認識していて、文化力を国力に転化している。日本も10年、20年、100年の計として考えるべきで、短期的な結果を求めず、未来を見据えて守り、育てたい。日本が得意とするアニメや現代美術も同様。国民のコンセンサス(意見の一致)を得て文化行政を積極的に進めるべき時ではないか」(塩崎淳一郎)
文楽協会への補助金削減 橋下市長は府知事時代に文楽協会(大阪)への補助を減額。市の2012年度当初予算案でも補助金凍結を打ち出した。人間国宝の竹本住大夫(太夫)や吉田簑助(人形遣い)らが再考を求める文書を公表している。
◇ ◇ ◇ ◇
松浦氏は外務省入省後、駐仏大使を経て1999年にユネスコ(パリ)事務局長に就任。「無形文化遺産保護の条約」を2006年に発効させるなど、世界的な文化行政を推進。09年、文楽、能、歌舞伎が無形文化遺産に登録されたのちに退任した。
(2012年3月19日 読売新聞)
この記事には、何ら読売新聞としての主張が明確に語られていない。松浦晃一郎氏の言葉を紹介しているだけ。そして、この内容では、大阪市に代わって国が補助金を出せばいい、という論調への誘導になっており、読売は橋下の施策を批判していないのだ。読売をはじめとしたマスコミは、橋下の擁護側に回っているとしか思えない。
大阪という地元が支援せず、国が支援すればいい、という問題ではないはずだ。文楽発祥の地である大阪が補助金を出し、それでも不足するからと市長が国への支援を掛け合ってしかるべき問題だろう。大阪が誇る近松門左衛門の人形浄瑠璃は日本の宝であると認識していたら、やることは違うはずだ。こんな男に「文化とは何か」を語ってもらいたくないものだ。
「文化団体に補助金を出すなら、コンクールで賞金を出した方がいい」という橋下の発言は、昨日取り上げた英語教育の問題で、「TOEFL上位校に破格の助成金を与える」という、彼が知事時代に実施した政策と根は同じで、「札びらを見せて競争させれば成果が出る」という論理に基づいている。もちろん、教育や文化の領域にこんな手法を持ち込んだって、何の解決にもならない。
日本人大好きの『仮名手本忠臣蔵』だって、まず大阪で人形浄瑠璃(文楽)から始まった。文楽の歌舞伎、そして落語への影響だって大きいし、ユネスコによる世界の無形文化遺産にも登録されている。
日本の重要な文化遺産を橋下は潰して構わないと思っているのか。もし、「コンクールによって文楽が今以上に活性化する」などと思っているなら、まったくの間違いである。三代桐竹勘十郎さんが語るように、こういった伝統芸能は、「養成され、育成されて」残されていくもので、「競争の論理」で継承されるようなものではない。
昨日、英語教育に関する橋下の施策が破綻しかけていることについて、内田樹のブログや藤原正彦のエッセイを紹介するとともに、私自身の経験を書いた。私自身の経験から、海外の人たち、それも文化や芸能についての素養のある“大人”が、文楽や狂言、歌舞伎などの日本の伝統芸能について、もしかすると日本人以上に高い評価や関心を持っていること、そしてそういった芸能を生み出したことから日本人に尊敬の念を抱いていることを、実は多くの日本人が知らないようだし、橋下は間違いなく認識していないだろう。私は文楽、狂言、歌舞伎などについて彼らと語るだけの知識も経験もないが、彼らが日本文化を讃える言葉には、素直に喜びを感じた。
政治は三流、モノづくり技術も少し危くなってきたのも事実。しかし、『源氏物語』などの文学、文楽や歌舞伎などの伝統芸能は、日本が世界に胸を張って誇れる財産である。そういう認識もなく、ただ「札びらと競争」で何事も解決しようとする人間と、そんな男を「将来の首相候補」などと持ち上げるマスコミも含め、「橋下徹的」なものは、大震災とフクシマの後の日本の復興には寄与しない。単に、野田ドジョウ、カメレオン枝野、弱気な紳士(私の命名^^)谷垣といった体たらくな政治家との劣等比較の結果、目立っているだけである。やはり、小沢一郎が必要な時だなぁ、とつくづく思う今日この頃なのだ。
- [2012/05/15]
- 幸兵衛の独り言 |
- トラックバック(0) |
- コメント(11)
- この記事のURL |
- TOP ▲
英語教育の前にやるべきことがある。橋下徹の愚策などについて。
利益誘導教育の蹉跌
「世界に通用する人材育成」をめざして橋下徹大阪市長が府知事時代に始めた「TOEFL上位校に破格の助成金を与える施策」が行き詰まっている(朝日新聞5月11日朝刊)。
府は50校分5億円の助成金を準備したが、参加校はわずか8校。基準点をクリアできたのは4校。すべて私立だった。
一位の関西学院千里国際高等部は私も入試部長時代に営業に行ったことがあるが、帰国子女が多く、ほとんどアメリカのハイスクールみたいな雰囲気の学校だった。
授業を英語でやる学校とふつうの公立高校が英語のスコアを競っても勝負にならない。
助成金1800万円を受け取った千里国際は、生徒全員にiPadを配付したそうである。
でも、受け取った側もあまり浮かない顔をしている。
英語で授業をやっている学校がハイスコアを取るのは当たり前で、「現実に通用する英語教育を大阪全体で実現する」という政策の成否とはあまり関係ないのですが・・・という教頭先生のコメントが伝えられていた。
助成金事業への参加校が少なかったのは「100人以上のチームを作って参加する」ということと「受験料(17000円)は生徒負担」という条件がハードルになったからである。
実際には二位の関西外語専門学校の高等課程と四位の大阪YMCA国際専門学校の高等課程はそれぞれ23人、31人の参加であるので、基準を満たしていなかった。
平均点が基準値(38点)を突破すれば受験料は助成金で賄えるが、達しなければ返ってこない。
今回の受験校8校のうち4校は平均点が基準点に達しなかったので助成金はゼロ。
うち3校は次のコンテストにはもう参加しない意向だそうである。
となると、次回からは5校で助成金を分け合うことになる。
そんなことしても英語教育振興の効果はないから、たぶん三回目はないだろう。
学校が助成金を受けるための競争に、生徒たちを自己負担で参加させるというゲームのルールそのものがアイディアとしてあまりに偏差値が低かったと私は思う。
まったく、同感だ。私も、仕事上やむを得なく英語で日本人以外の人と話す機会は過去に多かったし、今でもたまにある。一時海外企業との合弁会社にいた時は、ちょうど9.11の前後の時期に三か月ごとに会議のため渡米していた。特に2001年11月にアメリカに出張する際は、飛行機代が安かったのは良かったのだが、出発前夜は連れ合いと水盃をかわす思いで(少し大げさ^^)夕食をとり、ガラガラの飛行機でシカゴ経由でボストンに向かったのだった。あのボストンのローガン空港から、9.11前にも後にも飛行機に乗っている。今思うと、少しゾッとする。
そんなことは置いておいて、自らの英語でのコミュニケーションの経験でもよく分かるが、英語はあくまでも道具であり、問題は中身なのである。そして、海外に行けば行くほど、日本と日本人への思いは強くなる。藤原正彦流に言うと「祖国愛」に目覚める。そして、体格の大きな外人と話したり、郊外の馬鹿でかいスーパーマーケットをうろつくたりすると、「あぁ、戦争でこいつらに勝てるはずがない」などと思いながら、「しかし、俺は日本人だ!」などと、不思議な思いにかられる。その日本に対しては、技術や文化などの面に関しては、日本人以上に海外の人の関心は高いものがある。仕事の出来るあちらのビジネスマンと、食事をしてプライベートな話題になると、彼らの日本に関する旺盛な知識欲を知ることになる。特にユダヤ系のアメリカ人との会話が多かったのだが、彼らは自分たちが人種差別を受けてきた長い歴史があるので、極東の田舎者に対し、アングロサクソンの白人より親近感があるように思えた。
食事や酒の席で、彼らから日本の文化や芸能、歴史的な出来事や人物などについて予想を超えるレベルの質問をされたことを思い出す。そして、落語や江戸文化のことを下手な英語を使って苦労して説明した記憶がある。たどたどしい私の英語力でも何とか通じ、会話の成り行きとして私が質問し、相手からはユダヤの祭事のことなど興味深いことを聞かせてもらった。
国、民族、文化などについて会話する時に、英語は上手いが、江戸時代のことや、歌舞伎、能、あえて落語(!?)といった芸能、明治維新や漱石、鴎外などについて、何か一つでも自分の言葉で語ることができるものがないと、話の主導権は相手に持っていかれ、ただ聞き役になるだけとなる。まず、語れるだけのコンテンツが先にありきなのは明白なのだ。日本とはどんな国で、世界に誇れる文化や文学などは何なのか、また、戦後の成長の鍵は何だったのか、日本人のモノづくりの特長はどんなものなのか、などなどを日本語で語れない限り、英語で語れるはずがない。
さて、話を内田樹に戻そう。上記の文章の後、アメリカの有名な起業家を引き合いにして、次のように書いている。
スティーブン・ジョブズも、マーク・ザッカーバーグもさっさと大学をドロップアウトして「他の方法」で世界的な富豪になった。
たぶん中学でも高校でも、このお二人は先生たちからは「反抗的なガキ」として憎まれていたと思う。
興味のない教科の勉強なんかぜんぜんやらなかったはずである。
彼らはたまたま英語を母国語とする国に生まれたから、英語を話したが、もし非英語圏で生まれていて「英語できないと、グローバル人材になれないぞ」と高校の教師に意地悪く言われたら、絶対に英語の勉強なんかやらなかったと思う。
「あ、そう。英語わりと好きだったけど、今お前がそう言ったから、もう生涯絶対やらねえよ」
というようなリアクションをするような人じゃないと、あそこまでにはなれません。
「やりたいこと」に達するために、しぶしぶ迂回的に「やりたくないこと」を我慢してやるようなタイプの人間は、どのような分野においても「イノベーターになる」ことはできない。
これは自信を以て断言することができる。
ぜったいに・なれません。
橋下とその取り巻きは、日本の戦後の復興が、まったくアメリカ的な「競争至上主義」では起こり得なかった、ということを分かっていない。そして、近視眼的に日本企業、経済が停滞している原因を、「競争」の欠如に求めている。過去の成功体験にしがみついてはいけないが、日本と日本人の本来の持ち味や美徳までを、根こそぎ否定されてはたまらない。
戦後の日本は、アメリカを数値的な目標としては上に見ながらも、その政治や経済のリーダー達は、どっぷりと日本ならではの教育環境で育ってきており、漢籍や日本の古典を学ぶことによって培われた教養を背景として、競争よりも協調と集団の力、高い勤労意欲で世界に秀でる日本を目指してきたのだ。もっとも肝腎な基礎教育は寺子屋を継承する「読み書き算盤」である。文盲率の低い優秀で均質な日本人が、同じ目標を共有して戦後の焼野原からの復興を果たした。それを忘れて「競争」のみを金科玉条とし形式だけの施策で「グローバル人材」など育てようとしても、まったく方向違いなのである。
このところ、藤原正彦のエッセイをいくつか読んでいるのだが、その中の一冊『祖国とは国語』から引用したい。

藤原正彦著『祖国とは国語』(新潮文庫)
この本は新聞や雑誌に掲載された内容を集めたもので、その中から文芸春秋の『日本の論点2001』に掲載された「英語第二公用語論に」の章から紹介したい。少し古い、とご指摘を受けそうだが、今回の橋下府政による問題と本質的は同じテーマを扱っている。
「二十一世紀日本の構想」懇談会が小渕首相に提出した報告書は論議を呼んだが、次の一節ほど物議を醸したものはなかったろう。
「社会人になるまでに日本人全員が実用英語を使いこなせるようにするという具体的目標を設定し・・・・・・国、地方自治体などの公的機関の刊行物やホームページなどは和英両語での作成を義務付け・・・・・・長期的には英語を第二公用語にすることについて国民的論議が必要」
この驚くべき提言はいくつかの誤解に立脚していると思われる。
第一は「英語がうまくなれば経済が発展する」である。懇談会メンバーの頭には、経済発展著しいシンガポールがあるらしい。シンガポールが英語を公用語とし、それが経済発展に何らかの寄与をしたことは確かかも知れぬが、最近のシンガポールに起きた現象という一例から一般論を導出するのは乱暴である。六十は一、二、三、四、五、六のどれでも割れるから六十までのすべての整数で割り切れる、と主張するようなものである。実際、英語を公用語としながら経済不振をかこつ国はいくらもある。そして何より、世界で最も英語のうまいイギリスは二十世紀を通して経済的に斜陽だったし、最も英語のへたな日本は二十世紀を通して最大の経済成長をなしとげた。英語と経済発展の関係はほとんどないと言ってよいだろう。百歩譲って英語の有用性を認めても、大衆の高い教育水準に支えられた技術革新や質の高い労働者の方が圧倒的に重要である。
第二の誤解は「英語はすべての日本国民に必要」である。某新聞の世論調査によると、国民の八割は「英語がもっとできたら」と思っているが、「いつそう思うか」と尋ねると、多い方から海外旅行時、外人に道を聞かれた時、映画やテレビを見る時と続くそうである。仕事の上で必要という人は全体のたった18パーセントである。一生に国民一人平均で数十日の海外旅行や、一生にほんの数回だけ外人に道を聞かれる時のために、英語修得という膨大な労力を全国民に強要するわけにはいかない。
インターネットの普及に伴い英語が全国民に必要な道具となるという人も多いが、それは英語がインターネットを君臨しているという現在の情況が永遠に続く、という仮説に立ったものに過ぎない。英語君臨の不当についてはすでにフランスなどでも反発が起きており、早晩改められると見た方がよい。いずれにせよ十年もしないうちに、安価で高性能な翻訳ソフトによりほとんどの情報交換は母国語で用をすませられる時代がくる。
英語に関しては、国民の五割が学習し、20パーセントがどうにか使え、5パーセントくらいのエリートが流暢に操れる、英語を学ばない五割は中国語やハングルなどのアジア言語を学ぶか外国語を一切学ばない、くらいでちょうどよいのではないか。使いものになるはずもない英語学習に全国民を追い込むのは、壮大なエネルギーの浪費であろう。
第三の誤解は「英語がうまければ国際人になれる」である。国際人の定義はいろいろあるが、ここでは一応、世界の人々に敬意を払われる人間、ということにする。そうすれば大切なのは伝達手段より圧倒的に伝達内容である。これは、片言の英語ながら尊敬されている日本人がいくらもいること、英語を得意とする英米人の中でも国際人と呼べる人間はほんのわずか、などから明らかであろう。
(中略)
第四の誤解は「授業時間が無限にある」である。現在、日本の中高生は全勉強時間の三分の一を英語にさいている。にもかかわらず世論調査によると、使いこなせると自認する人は1.3パーセントに過ぎない。日本語が英語からあまりに隔たっていること、英語を公用語にせざるを得なかったインドやシンガポールやフィリピンなどとは異なり、国内では日本語だけで何の不自由もないこと、等の理由により日本人にとって英語修得は格別に難しい。日本人全員が実用英語を使いこなせるようにするには、教育方法の改善や多少の授業時間増ではとうてい間に合わない。中高で英語を倍増し、小学校で週五時間を英語に向けても、せいぜい1.3パーセントが13パーセントになるくらいだろう。
その上、それだけ英語を増強したら、週当たり総時間数はたったの二十数時間だから、他教科は必然的におろそかになる。漢字も九九も駄目という日本人であふれることになろう。母国語はすべての知的活動の基礎であり、これが確立されてないと思考の基礎が得られず、内容の空疎な人間にしかなれない。また数学はすべての科学の言葉であり、これが軽視されると科学技術立国は覚束ないから、経済発展どころか資源のない我が国は食べていくことさえままならなくなる。
こういう文章を読むと、私は「その通り!」と心の中で喝采を上げたくなる。
著者は独身時代にアメリカへ留学し、後年は子供を含む一家五人でケンブリッジに留学した経験をもつ。こういう人が、「英語より国語」「英語より九九」と主張するのに比べ、過去の「二十一世紀日本の構想」懇談会や、橋下一家(彼らの群れ方や自分よがりな活動は、暴力団の一家に似ていませんか?)の主張は、笑うに笑えない馬鹿馬鹿しさである。
藤原正彦は、四つの誤解を明示した後、次のようにつなぐ。
このように四つの誤解に基づいた英語第二公用語論だが、実はこの論の最も救いようのない所は、母国語=文化伝統=民族としてのアイデンティティー、という視点の完全な欠如である。言語を伝達の手段としてしか見ていない。
そして、独自の言語がその民族の文化、そして民族そのものの存続と密接な関係があることを、アイヌや琉球のたどった運命で例示する。
もし、肝腎な日本人としての基礎学習をないがしろにして、会話の手段でしかない英語の勉強時間を増やし英会話が上達したところで、日本語の「超~」や「ダサイ」、「ウザイ」に該当する英語しか話せなければ、愚かな日本人を水面下から明るみに露出させるだけだろう。しかし、当の本人は、「英語で話せた!」と喜んでいるかもしれない。恥を恥とは思わない日本人が増えてきたことも、これまた問題である。とにかく、英語を話せれば「グローバル人材」という短絡な主張をする人は、橋下より以前からいたようだが、困ったものだ。
- [2012/05/14]
- 幸兵衛の独り言 |
- トラックバック(0) |
- コメント(0)
- この記事のURL |
- TOP ▲
上方版の『蜆売り』、大変結構でした!---落語者 桂まん我

外出する前に、少し早く起きて昨夜の録画を見たところ。
この噺は、東京では鼠小僧次郎吉が登場するが、上方版は、いわゆる匿名の“親方”に代わることが多い。しかし、まん我の噺では、名前が明確になる。大阪の南堀江に住む中川清之助という土地の顔役という設定。金が余っているようなところから取り立てて、恵まれない人に施している、一種の慈善家のような人。季節は十日戎の寒い夜、重要なバイプレーヤーとなる少しネジのゆるんだお調子者の子分は留。
なかなか結構だった。中川清之助という特定の名を設定したのは、師匠の桂文我のようだが、実在したかどうかは分からない。鼠小僧も、実際には恵まれない人に施しをしてはいないらしいので、いずれにしてもフィクションが土台の、人情噺。東京版は古今亭志ん生が本寸法で、改作では立川志の輔が有名。上方版は東京で活躍した桂小南が定評のあるところで音源も残っている。
まん我のこの噺、中川清之助、蜆売りの子供、そして留の三人の登場人物が十分に描かれ、くどすぎない演出も好感が持てた。やはり、この人は良い。東京で生の高座をもっと聞きたくさせる内容だった。
- [2012/05/12]
- テレビの落語 |
- トラックバック(0) |
- コメント(6)
- この記事のURL |
- TOP ▲
「忖度する人たち」―内田樹の研究室より
インタビューを受けて、沖縄米軍基地、原発と原子力行政、日本のこれからの安全保障と外交戦略について話すことになったらしい。
少し前にカレル・ヴァン・ウォルフレンの本から、小沢一郎は『画策者なき陰謀』によって“人物破壊”の対象となった、というウォルフレンの主張を紹介した2012年4月27日のブログが、その『画策者なき陰謀』を実行する人を、内田は「忖度する人」たちと表現している。
田中角栄はたぶん「アメリカの虎の尾」を踏んだ最後の日本人政治家だと思う。
彼を「罰する」ことはアメリカの国家意思として遂行された。
それ以後、「アメリカの虎の尾」を思い切り踏んだ政治家はいない。
小泉純一郎は無意識のうちに「虎の尾」踏んだと私は思っているが、踏んだ本人も踏まれたブッシュもそうは思っていないはずである。
そして、久しぶりに、小沢一郎と鳩山由紀夫は西太平洋戦略をめぐって「アメリカの虎の尾」を踏んだ。
だが、彼らを「罰した」のはアメリカ人ではなかった。
「アメリカ政府の意思を忖度した日本人」たちである。
「日米同盟基軸」という「呪文」を唱えているうちに「アメリカの国益を最大化することが、日本の国益を守る最良の方法である」という不思議な信憑に陥った人々がいる。
彼らが現代日本におけるエリート層を形成している。
そして、「アメリカ政府を怒らせそうなことをする人々」を血眼になって探し出し、「畏れながら」とお縄にして、うれしげに「忠義面」をしてみせるんである。
何で、そんなことをするのか、私にはよくわからない。
アメリカだってそんなこと、別に頼んでいないのである。
日本の総理大臣が「日米間の国益が背馳する事案」について「日本の国益を優先したい」と言ったからといって「罷免しろ」というような無法なことを、いくら世界の冠絶するスーパーパワーであったにせよ、アメリカが言うわけがない。
内政干渉である。
でも、「鳩山がアメリカが機嫌を損なった以上、ホワイトハウスはきっと総理大臣を替えて欲しいと思っているに違いない」と「忖度」して、引きずりおろしたのは日本の政治家と官僚とメディアである。
これは内政干渉ではない。
アメリカとしては、なんか「苦笑い」状態であろう。
何も言わないのに、勝手に「忖度」して、先様の意向をじゃんじゃん実現してくれるのである。
いや~、なんか悪いね。別に頼んでいるわけじゃないのに、勝手にこちらに都合のいいようにあれこれと配慮してくれて。
まあ、頼んでいるわけじゃないから、お礼するという筋でもないけどね。
そんなふうにしてことが進んでいる。
ように見える。
「忖度する人」にはわかりやすい外形的な特徴がある。
それは「首尾一貫性がない」ということである。
アメリカの国家意思は首尾一貫している。
それはアメリカの国益の最大化である。
でも、「忖度する人」たちは「こんなことをしたら、アメリカが喜ぶかも知れない」と思って、走り回っているので、その動線には法則性がない。
「忖度する人」たちの多くは、もちろん霞が関の住人である。そして、永田町にも、その官僚たちの思うがままに、首尾一貫性のないままに振る舞う者がいる。加えて、「忖度する人」に協力すると利益があるとでも思い込んで、官僚たちの心理を「忖度」するマスコミ人がいる。
彼らの考える「アメリカ」は、大震災やフクシマの被災地の人々、そして基地のある沖縄の人々たちの考える「アメリカ」像とは、相当の違いがあるようだ。
「オレが『アメリカ』だと思っているもの」
それが「忖度する人たち」にとっての「アメリカ」である。
アメリカが直接日本政府に「指示」を出しているなら、その指示は国家的にオーソライズされている。
だから、どの政策も首尾一貫している。
でも、「忖度する人たち」にとっての「アメリカの欲望と推定されているもの」は誰によってもオーソライズされていない。
「言挙げされていない」欲望に焦点化しているなのだから当然である。
「いや、殿、その先はおっしゃいますな。何、こちらはちゃんと飲み込んでおります。ま、どうぞここは、この三太夫にお任せください」的状況である。
このような「みなまで言わずと」的制止のあとに「殿の意思」として推定されるのは、多くの場合、「三太夫の抑圧された欲望」である。
三太夫は「私が殿の立場だったら、きっとこう考えるだろう」ということを推定する。
そして、「忖度する人」は相手の欲望を読み取っていると思っている当のそのときに自分の欲望を語ってしまうのである。
「せこい」やつがアメリカの意思を忖度すると、アメリカは「せこい国家意思」を持った国として観念される。
そういうものである。
彼らが「アメリカの国家意思だと思っているもの」は、それぞれの「忖度する人」ごとの「もし自分がアメリカ人だったら、へこへこへつらってくる属国民に向かって何を要求するか?」という自問への答えの部分なのである。
「忖度されたアメリカの意思」はこれらの人々の「卑しさ」をそのままに表示することになる。
ある人にとってアメリカは「日本を軍事的に支配し、いかなる自主的な外交戦略も国防構想も許さない」国として立ち現れる(それは彼らの先輩たちがかつてアジアの植民地を支配したときに「やろうとしたこと」である)。
ある人にとってアメリカは「日本の市場を食い荒らし、農業を潰し、林業を潰し、自動車産業を潰し、IT産業を潰し、その他なんでも潰したがっている資本家たちの集団」として立ち現れる(それと同じことを自分たちも弱小な国を相手にする機会があれば、ぜひやってみたいと思っているからである)。
だから、「忖度する人たち」にとってのアメリカは、彼らの歪んだ自画像なのである。
それが、傍から見ると支離滅裂に見えるのは当り前である。
「忖度する人」たちは、まるでアメリカへの片思いをしている人のようでもある。では、そこまで思い込まれているアメリカの政治的な指導者たちは、たとえば小沢一郎のことをどう思っているのか。内田樹はこう書いている。
「小沢一郎の政治生命を断つ」というのは、別にアメリカが指示したことではない(と思う)。
私が国務省の小役人なら、「政治生命が絶たれた方が望ましいが、アメリカが間接的にではあれ介入するリスクに引き合うほどの政治的効果はない」とレポートするであろう。
たしかに、小沢一郎は在日米軍基地の縮減について語ったことがある。
だから、「アメリカ政府は西太平洋における軍略上のフリーハンドを確保するために、小沢一郎を邪魔に思っているのではないか」と「忖度」することは可能である。
現に、多くの人々がそう「忖度」した。
だから、それらの人々は、実際には相互に何の連携もないままに、まるで指揮者に従うオーケストラのように、整然と行動しているのである。
小沢一郎は野田首相にとっては党内反対派の最大勢力である。
自民党の谷垣総裁にとっては彼らを政権の座から叩き落とした不倶戴天の敵である。
検察にとってもマスメディアにとっても年来の天敵である。
彼らは「小沢一郎を排除することをアメリカは望んでいる」というかたちでおのれの欲望をアメリカに投影してみせた。
私はそう思っている。
野田と谷垣は、小沢一郎に関しては「敵の敵は味方」として結託しようとしているのだろう。今回の控訴に、彼らがどう関わっているかは知らないが、裁判で税金の無駄遣いをしようとしている人々は、日本が直面している問題の優先順位をこそ考えるべきであろう。アメリカへの片思いからは何も生まれないことを、そろそろ分かるだけの大人になる時である。
- [2012/05/10]
- 幸兵衛の独り言 |
- トラックバック(0) |
- コメント(4)
- この記事のURL |
- TOP ▲
笑福亭亭松喬の復活を祝い、今後の“本格運転”を期待する!
笑福亭松喬 肝臓がんで入院、体重8キロ減も「はい上がった」
肝臓がんの治療で入院していた落語家の笑福亭松喬(61)が27日、大阪市内で会見を開き、退院と病状を報告した。体重8キロ、ウエストは10センチ減ったが「崖っ縁からはい上がりました」と笑顔で復調をアピールした。
12月の検査でがんと判明。肝門脈にがんが達し、手術不能の深刻な状態だったことを明かした。12月下旬から抗がん剤治療などで病状が安定し、4月10日に退院。笑福亭仁鶴(75)ら激励してくれた人に「いい落語をして恩返ししたい」と涙ぐみ、「がんと共存し75歳までは生きたい」と意気込んだ。今後は「通院治療しながら高座にも上がる」とし、28日には大阪市内で“試運転”と題した落語会を開く。 [ 2012年4月28日 06:00 ]
この記事からも察することができるが、松喬(*敬称は略させていただきます)は、まだ“完全復活”とは言えないだろうが、死の淵から「はい上がった」のは間違いがない。そして、この記者会見の翌日には「試運転」と題した落語会を開催している。デイリースポーツオンラインの該当記事
笑福亭松喬、がん闘病中でも本格的活動再開
肝臓がんで闘病中の落語家・笑福亭松喬(61)が28日、大阪市内で「緊急落語会・松喬試運転の会」を開催し、本格的に活動を再開した。
抗がん剤治療などで徐々に回復し、今月9日に退院。久々の本格的な落語会とあって「生き返ったような気分です」とあいさつした。マクラでは40分間、病状報告を行い「最初は便秘と診断されましてん」「フィットネスに行くより、病院はやせられますで」などと病気をネタにし、芸人魂を見せつけた。(2012年4月29日)
落語会については、ご本人のホームページの4月29日の日記に、次のように記されている。
笑福亭松喬のオフィシャルHP
市立こども文化センターでの「試運転の会」多くの方々がご来場頂き
感激でした。2週間前に急きょ決まったので宣伝も行きと届かなかったのに
開演前には150人以上が並ばれ、私が楽屋入りの時に一斉に拍手が湧き
涙が出ました。舞台ではたっぷり「闘病日記と崇徳院」を1時間20分
自信が付きました、これからは本格運転を目指します。
「落語者」に桂まん我が出演することを書いたが、上方落語ファンの方からいただいたコメントの中に松喬のことが書かれていて、「そう言えば入院されていたはずだなぁ・・・・・・」と思い、少しググッて見たところ、うれしいことに退院し落語会まで開催されたことを初めて知った次第。
上方落語も好きだ、などと言っているが、どうも関東に住んでいると自然と関心は薄くなるなぁ。これではいかん、と思った。落語のルーツは、やはり上方なのだ。
昨年、9月5日と22日に、それぞれの命日である六代目松鶴、七代目松鶴(松葉)のことを書いた。
2011年9月5日のブログ
2011年9月22日のブログ
六代目の父、五代目松鶴の存在は、上方落語においてあまりにも大きい。
上方落語の灯が、まさに消えかかろうとしていた戦前の物資乏しい時に、『上方はなし』を刊行(通巻49号まで続いた)、自宅を「楽語荘」と名付け、若手の稽古場として開放した。昨年9月5日のブログから、少しだけ引用。
「楽語荘」とは、自宅につけた名前であり、若手噺家の稽古場、そして“上方はなし”の勉強の場であった。
そして、雑誌の『上方はなし』は通巻49号で資金不足で廃刊となったが、この雑誌そのものと、五代目が上方落語界において遺した功績は大きいようだ。もちろん、その子どもである六代目も、一人の噺家としての実績に加え、上方と東京の落語界との交流への貢献、そして自らの一門の育成においても、父に負けず劣らずの足跡を残したように思う。何と言っても志ん朝を精神的に支えただろう功績が大きいと、私は思っている。
松喬(しょきょう)は六代目の五番目の弟子にあたる。上方落語協会のサイトにある六代目一門の系図には四番目に位置しているが、これは六代目の子息五代目枝鶴(しかく)が協会を破門されたため。この人は未だに消息が不明である。上方落語協会サイトの「六代目松鶴一門」の系図
枝鶴を除くと、総領弟子が仁鶴、次は東京を地盤とし落語芸術協会に加盟している鶴光、そして福笑と続き、松喬の順。松喬の総領弟子が三喬。この師匠と弟子は、柳家さん喬、喬太郎と「喬」つながりということもあるのだろう、師匠同士、弟子同士の二人会を上方および東京で開催している。
大阪での開催は、かつて「ワッハ上方」を主会場にしていたが、吉本興業による“漫才シフト”により、現在は、大阪市立こども文化センターを会場にすることが多い。だから、この度の松喬の「試運転」は、いわばホームグランドでの開催と言うこともできるのだろう。
私はたまたま近所に高層マンションが建築されることになり電波状況が悪化するため、工事費無料でケーブルテレビに加入することになったので、SKY Aの「らくごくら」を楽しむことができ、松喬・さん喬二人会、三喬・喬太郎二人会をテレビではあるが何度か見ている。実は今月も昨年3月11日に大阪(やはり、市立こども文化センター)で開催された三喬・喬太郎の二人会の内容が放送されている。
SKY Aサイト「らくごくら」のページ
この放送でも、松喬の復帰後の高座を、早く楽しみたいと思っている。
一之輔の真打昇進披露興行のことを書く中で、一朝一門の総領弟子である柳朝が手術入院から復活したことを紹介した。今週末から始まる国立演芸場での披露興行では高座に上がってくれるようなので、大いに楽しみにしている。柳家権太楼も完全復活に近い印象を受ける。
そして、上方のベテラン松喬の復活も、うれしい限り。六代目から直接『らくだ』の稽古をつけてもらった希少な存在であり、さん喬、喬太郎師弟との交流以外に、入門が同期の東京の噺家柳家小里ん、古今亭志ん橋との三人会も行っている。
七代目を追贈された松葉亡き今、六代目の高座の雰囲気をもっとも醸し出している人ではなかろうか。そんな気がする。
まだ、通院治療の日々が続きそうだが、より快復していただき、ぜひ“本格運転”の高座を期待したい。東京での開催も可能になれば、できるだけ都合をつけて生で聞きたいとも思っている。それが懇意にしているさん喬との二人会なら、なおさら楽しいに違いない。
さて、今回から新たなカテゴリとして「上方落語」を追加した。テレビや生の高座、書籍などを含め幅広く、これまで以上に上方落語のことを書いていきたいと思っている。
- [2012/05/08]
- 上方落語 |
- トラックバック(0) |
- コメント(8)
- この記事のURL |
- TOP ▲
バス事故の報道に思う―個人攻撃では本質的問題は解決しない!
河野容疑者、休息のホテルで「バス修理を手配」
関越自動車道で乗客7人が死亡したツアーバス事故で、自動車運転過失致死傷容疑で逮捕された運転手河野化山かざん容疑者(43)が、運行前に休息のために入った石川県白山市のホテルで、「(自分が)使っていたバスの修理を手配していた」と供述していることが捜査関係者への取材で分かった。
事故は、居眠り運転が原因とみられているが、群馬県警はこの手配などで十分な睡眠を取らなかった可能性もあるとみて調べている。
河野容疑者は、ホテルで中国人向けツアーの手配をしていたことも判明しているが、4月28日午後4時半頃にホテルをチェックアウトした以降は、ショッピングモールで食事をした以外には「ずっとバスの中で休んでいた」と話していることも新たに判明した。「夜間運行の経験はほとんどない」とも供述しているという。県警は今後、裏付けを進める。(2012年5月7日14時34分 読売新聞)
「事実」は報道するに値するのかもしれない。運転手も、運行会社も、ツアーを企画した旅行会社も責任は大きい。しかし、今回の事故を引き起こした個別の当事者達のニュースに終始して、この事件の背後にある「本質的な問題」が追及されない限り、同様の事故、事件が再発するように思う。
そういう意味では、マスコミの一つには違いないが、大新聞よりも、次の「日刊ゲンダイ」の記事のほうが、「問題の本質」に少しは迫っているように、私は思う。ゲンダイネットの該当記事
バス衝突事故の元凶 小泉純一郎を国会招致しろ
2012年5月1日 掲載
小沢喚問より優先すべき市場万能主義の清算
小泉政治の「負の遺産」が再び大惨事を招いた。乗員乗客46人とその親族のGWを暗転させた関越道の格安ツアーバス激突事故。7人の命を奪った悪夢は、本をただせば小泉の無軌道な規制緩和路線にたどり着く。
今回の事故は格安ツアーバスの過当競争が遠因である。旅行会社のムチャなダンピングを断れず、安全面をおろそかにする貸し切りバス業者を放置してきたツケだ。
安全度外視の競争激化は規制緩和が生んだ弊害である。特にこの流れを決定づけたのが、小泉政権下の02年の道路運送法の改定だった。
ツアーバス事業を旅行会社に全面解禁。路線バスと違って、料金や運行区間も自由に設定できるようになった。その結果、格安ツアーが急増し、旅行会社からの運行依頼を狙って、新規参入の貸し切りバス業者も爆発的に増えていった。
「貸し切りバス業者は緩和前の99年度の2336社から10年度の4499社へ倍増。その分、安全面の行政監査が行き届かなくなっています。緩和後に監査員を増やしたとはいえ、いまだ1人につき、20社を担当するような状況です。加えてタクシーや長距離輸送など陸上交通全般の監査を掛け持ちしており、これらの総数は8万社近く。とても全ての貸し切りバス業者まで手は回りません」(国交省関係者)
だから、今回の事故を起こした会社の社長のように、「白バス」営業で警視庁に摘発された過去を持つ人物の新規参入まで許してしまうのだ。投資顧問業を許可制から登録制に緩和し、業者急増に監督官庁のチェックが追いつかない――企業年金1500億円を消失させたAIJ事件と同じ構図である。
「小泉・竹中流の規制緩和とは、市場万能の論理でした。市場に任せれば、悪い企業は淘汰され、良い企業だけが残り、すべてがうまくいくという発想。現実は真逆です。経済効率化の大波は交通サービスなど公共性の高い分野までのみ込んだ。その代償が過酷な労働であり、多くの人命を奪った大事故なのです。もはや今回のような惨事は業種を問わず、いつ、いかなる場所でも起こりえます。小泉政治の本質は人間軽視。国民に綱渡りのような危険な社会を押し付けたのです」(筑波大名誉教授・小林弥六氏=経済学)
小泉進次郎衆院議員は小沢の無罪判決を受け、「政界の霧は深くなった」と証人喚問を求めていたが、冗談じゃない。まず親父を国会に招致し、小泉政治の負の遺産を徹底追及すべきだ。
「公共性」が高い教育の現場に「競争の原理」を持ち込もうとするのが、橋下大阪市長の大きな過ちの一つだと思っているが、その悪しき先例は小泉、竹中の時代の自民党にあったと言えるだろう。もちろん、本来「緩和すべき規制」も存在する。小泉構造改革による成果がゼロとは言わない。しかし、「聖域なき構造改革」は、ともすれば「公共性」の高い分野にも誤った「市場原理」と「競争」をもたらすことになった。その“負の遺産”は、残されたままではないのか。橋下などは、同じ過ちを繰り返そうとしている。そこに問題がある。
小沢一郎潰しに躍起になっているマスコミが支持し、国民の“人気”を背景に推進した小泉時代の「規制緩和」は、いったい何を導いたのか。
大震災、そしてフクシマにより「公共」的な基盤が損なわれている今こそ、やみくもな「規制緩和」によって失われてきたものが何かを検証すべきだろう。「官から民へ」というキャッチフレーズは耳障りがいいかもしれないが、その実態が国の責任放棄による市場混乱になってはいないのか・・・・・・。
もちろんあの頃だって、「規制緩和による暴走」への危惧は指摘された。しかし、その際に言われてきたのが、「チェック&バランス」が働くとか、モラルが歯止めになるとか、「セーフティーネット」がある、ということだった。
しかし、格安バスツァーの競争のどこに「チェック&バランス」が働いていたのか。
また、「格安バスツアー」を煽り続けたたテレビ局に責任を求める声も、もちろんない。なぜなら、テレビ局の多くが新聞社の資本の入ったメディアである以上、自分たちの首を絞めるような報道をするわけがない。
しかし、安い制作費の割に視聴率を稼ぐことができる「旅行&グルメ」番組が、バスツアー競争激化→安売り競争→安全性度外視、といった流れを誘導してきたことは、誰も否めない事実なのではないか。
もちろん、格安ツアーから豪華ツアーまで、数多くの選択肢があることは悪いことではないのだろう。その中から何を選択するかは、その本人の責任でもあるだろう。
しかし、旅行や食べ物の事故は、生命の危険をもたらすことがある。「安さ」ばかりを求めたり、メディアが過度に「安さ」を強調することには大いに疑問を感じる。
大震災とフクシマを経験した後の日本には「経済の論理」優先は、そぐわない。「高くても安全」、あるいは「安全のために妥当なコスト」という視点が必要ではないのか。
原発再稼動の問題が再燃することで、また「コスト」問題もテーマになるだろう。しかし、「安い方法を優先する」ではなく、「生命にとって安全な方法を優先する」という主張を、果たしてどのメディアが唱えるか、しっかり見ていきたいと思う。
バス事故も、年金問題も、事件の背景にあるものを明らかにしないままでは、決して問題解決には至らないはずだ。「公共性」という言葉が、もっと真剣に語られるべき時ではなかろうか。「競争こそが大事」という論理は、「安さこそが大事」という流れを加速する。そして、必然的に「安全」という言葉が隅に追いやられる。そんなことを、バス事故のニュースを見て強く感じる。
- [2012/05/07]
- 幸兵衛の独り言 |
- トラックバック(0) |
- コメント(0)
- この記事のURL |
- TOP ▲
「落語者」は二週連続で上方期待の若手、桂まん我!
まぁ、取り立てて驚くほどの高座とは言えないが、落語らしいSF的なネタを無難にこなしていた。
今年に入ってこの番組への上方の噺家最初の登場で、来週と二週連続出演。この人を知らない人には、ぜひ覚えていただきたい名前である。
NHK新人演芸大賞で思い出すのは、一昨年一之輔が大賞をとった時の、この人の『お玉牛』である。三代目(春団治)から直々に稽古をつけてもらった高座は、非常に結構だった。2010年11月6日のブログ受賞は翌年の『三十石』まで待たなくてはならなかったが、実力は十分に見せてくれた高座に、いたく感心した覚えがある。
この人には、すでに熱烈なファンが多いようで、応援サイトがあり、次のプロフィールが掲載されている。ちなみに、上方落語協会には師匠文我も弟子まん我も加盟していないので、同協会のサイトにプロフィールは掲載されていない。
桂まん我 応援サイト
本名 永原 淳
■生年月日 1971年12月2日
■血液型 AB
■出身 兵庫県神戸市など
■学歴 金沢大学 工学部(落研所属)
■芸歴
1999年1月1日 四代目 桂文我に入門。内弟子となる。
1999年5月 「子ほめ」で初舞台。
2001年2月 内弟子卒業。
以降、大阪の落語会を中心に活動。
2002年8月~ 「お笑いまん我道場 東京編」開催。
2003年12月~ 「お笑いまん我道場 名古屋編」開催。
2005年8月~ 「お笑いまん我道場 大阪編」開催。
2006年10月~ 「お笑いまん我道場 金沢編」開催。
2003年4月~ KBS京都ラジオ 「桂 都丸のサークルタウン」出演中。
(毎週土曜日 AM 8:30 ~ 11:55)
2006年12月 文化庁芸術祭新人賞 受賞
2009年 平成20年度 咲くやこの花賞 受賞
■趣味 笛、三味線、音楽鑑賞、歌、釣り、ゴルフ、酒
まだ、昨年の受賞が加えられていないのは、サイト担当の方が多忙なためか・・・・・・。
米朝事務所には所属しながらも上方落語協会には所属していない、師匠文我とまん我。私は、なんとなくその立ち位置が好きだ。将来の上方落語界で重要な役割を演じそうな桂まん我、ぜひ期待したい。
来週(11日の深夜)のネタは『しじみ売り』、これは楽しみだ。
テレビ朝日サイト「落語者」の次回予告

- [2012/05/05]
- テレビの落語 |
- トラックバック(0) |
- コメント(2)
- この記事のURL |
- TOP ▲







