立川志らく「志らく百席」第26回 横浜にぎわい座 9月4日
満員どころか、1階の両そでと後ろには補助席が出る盛況。私自身、この会は3回目なのだが、こんな大入りは初めて。ネタ出しされているので、そのせいなのだろうか。ともかく本日のプログラムは次のとおり。
立川志ら乃 『天災』
立川志らく 『宮戸川』
立川志らく 『三軒長屋』
(仲入り)
立川志らく 『抜け雀』
『天災』(19:00-19:20)
真打への道、ということの一環なのか、前座で志ら乃は、得した気分。ただし持ち時間20分なので、八五郎が紅羅坊名丸先生を訪ねるところから開始。紅羅坊先生をこれだけ弾けさせるのは、この師匠にしてこの弟子あり、である。志ら乃は“顔”の演出に特筆すべきものがある。“芸”でもあるが、もって生まれた“財産”でもあり今後も彼の「売り」になるだろう。紅羅坊先生の「居酒屋は、いっけ〜んも、な〜い!」の形態くすぐりに会場の温度もほどよく上がってきた。少し顔色が良くないように思えたのは、真打挑戦シリーズによる疲労かと思えたが、この調子なら、昇進は間違いないだろう。
『宮戸川』(19:21-19:48)
冒頭、「真打になりたいらしいんです」と志ら乃の話から。自慢じゃないが、と自分が真打になった時にはもっと会場を沸かした、との“自慢”話。「今、この師弟は戦っているんだな」と再認識させてくれた。談志家元と弟子達とが真打昇進の際に味わってきた緊張感を、志らくは弟子に体験させたいのであろう。「『百席』は演りやすい噺から進めてきたので、今日のような苦手な噺ばかりが残ってしまった」、とのこと。時節柄、福田辞任とオリンピックの話題をマクラに本編は実質20分ほどであっさりと。お花のおじがベトナムのサイゴン(ホーチミン)に住んでいる、というあたりは志らくらしさ、というところか。、また、お花が幼い時に霊岸島のおじさんから教わったという軍歌を歌う入れ物があったが、“志らくイリュージョン”というほどの演出ではない。今ひとつの出来。今後の改良に期待したい。
『三軒長屋』(19:50-20:35)
師匠談志のこの噺を思い出す、という話から、このネタがニンなのは談四楼兄ぃ、でも聞いてて寝てしまった、と落とすあたりが志らくの本領発揮。この噺のマクラなのに、「『抜け雀』には期待して欲しい」、という言い訳モードが強く、好きな噺だが、本人は自信はなさそう。シネマ落語の「タワーリングインフェルノ」を“百軒長屋”で演ったが受けなかった、という話から江戸時代の長屋の構造につないで本編へ。結論からすると、たしかに苦手なのかまだ自分の手のうちになっていないようだ。「何も足さない、何も引かない」というどこかのウィスキーのような構成。これでは志らくの噺とはいえない。せいぜい三軒長屋の真ん中に住む妾宅の女中おたけの弾け具合に“らしさ”を感じたが、全体としては今ひとつである。ベースは談志家元というよりは志ん朝師匠であろう。しばらくしてから、進化したこの噺を聞いてみたい。このネタは志らくに合うと思うのだ。志らく流アレンジがしにくい噺なのかもしれないが、三軒を五軒や十軒に変えてでも、オリジナリティを発揮して欲しい。今日のような構成で演るのなら、談春にはかなわない。
-仲入り-(20:35-20:50)
『抜け雀』(20:50-21:25)
10年程前、吉川潮さんが当時の志らくを期待する若手として評するとき、「『創作力』『構成力』『演出力』を兼ね備えている」、と表現した。その力量が十分感じられる噺だった。本人が期待させただけのことはある。冒頭で定番といえる宿を探すプロセスや主人公の汚い身なりの詳細な説明を刈り込んで、宿のひどい設備の描写に焦点を当てたが、この創作は良かった。旅籠「相模屋」裏にある屋外の便所で、両手に松明を振り回しながら用を足すとか、風呂の少ない水を増やすためにその都度、宿のおやじと一緒に湯ぶねに入るナンセンス、あるいは階段の腐った段についての凝った説明、といった入れ物の楽しさは、他の噺家では味わえない。硯に水を張らずに持ってきた気が利かない宿の主に向かっての「インドの女中か!」も、笑える。また、絵師親子が「雀」や「鳥かご」を描く際の声と仕草の演出も秀逸。これなら、ある程度“志らくイリュージョン”に近づいていると思う。この噺だけでも、足を運び帰りに雨に濡れた甲斐があった。
にぎわい座は、影の立川流定席、のような存在だと思っている。志の輔、談春、そして笑志(生志)といった個性的なメンバーそれぞれのプログラムがある。しかし、根強い固定ファンで会場が継続的に埋まるのは、志らくだけかもしれない。もちろん、志の輔、談春は発売から5分以内にはソールドアウトだが、ある意味で全国区でのチケット争奪の結果でありお客さんの顔ぶれは入れ替わる。(とはいってもいつも来ている人がいるなぁ・・・・・・)「志らく百席」は、幅広い年齢構成のお客さんたちのやさしい眼差しを感じ、ビールを飲みながらゆったりと楽しむことができる。この雰囲気ば好意的観客゙に恵まれた時の寄席だ。
思い出すと、昨年の5月1日第18回(『火焔太鼓』『粗忽長屋』『子別れ(中)(下)』)も客席のムードはよく、3作とも10点満点なら8.5以上という出来栄えだった。さて通算78席が終了。大ネタや期待したいネタも結構残っている。あと8回なのか、特別版などがあるのか分からないが、本人が吐露するように、残されたネタへの挑戦に、できる限りお付き合いしたいものである。
立川志ら乃 『天災』
立川志らく 『宮戸川』
立川志らく 『三軒長屋』
(仲入り)
立川志らく 『抜け雀』
『天災』(19:00-19:20)
真打への道、ということの一環なのか、前座で志ら乃は、得した気分。ただし持ち時間20分なので、八五郎が紅羅坊名丸先生を訪ねるところから開始。紅羅坊先生をこれだけ弾けさせるのは、この師匠にしてこの弟子あり、である。志ら乃は“顔”の演出に特筆すべきものがある。“芸”でもあるが、もって生まれた“財産”でもあり今後も彼の「売り」になるだろう。紅羅坊先生の「居酒屋は、いっけ〜んも、な〜い!」の形態くすぐりに会場の温度もほどよく上がってきた。少し顔色が良くないように思えたのは、真打挑戦シリーズによる疲労かと思えたが、この調子なら、昇進は間違いないだろう。
『宮戸川』(19:21-19:48)
冒頭、「真打になりたいらしいんです」と志ら乃の話から。自慢じゃないが、と自分が真打になった時にはもっと会場を沸かした、との“自慢”話。「今、この師弟は戦っているんだな」と再認識させてくれた。談志家元と弟子達とが真打昇進の際に味わってきた緊張感を、志らくは弟子に体験させたいのであろう。「『百席』は演りやすい噺から進めてきたので、今日のような苦手な噺ばかりが残ってしまった」、とのこと。時節柄、福田辞任とオリンピックの話題をマクラに本編は実質20分ほどであっさりと。お花のおじがベトナムのサイゴン(ホーチミン)に住んでいる、というあたりは志らくらしさ、というところか。、また、お花が幼い時に霊岸島のおじさんから教わったという軍歌を歌う入れ物があったが、“志らくイリュージョン”というほどの演出ではない。今ひとつの出来。今後の改良に期待したい。
『三軒長屋』(19:50-20:35)
師匠談志のこの噺を思い出す、という話から、このネタがニンなのは談四楼兄ぃ、でも聞いてて寝てしまった、と落とすあたりが志らくの本領発揮。この噺のマクラなのに、「『抜け雀』には期待して欲しい」、という言い訳モードが強く、好きな噺だが、本人は自信はなさそう。シネマ落語の「タワーリングインフェルノ」を“百軒長屋”で演ったが受けなかった、という話から江戸時代の長屋の構造につないで本編へ。結論からすると、たしかに苦手なのかまだ自分の手のうちになっていないようだ。「何も足さない、何も引かない」というどこかのウィスキーのような構成。これでは志らくの噺とはいえない。せいぜい三軒長屋の真ん中に住む妾宅の女中おたけの弾け具合に“らしさ”を感じたが、全体としては今ひとつである。ベースは談志家元というよりは志ん朝師匠であろう。しばらくしてから、進化したこの噺を聞いてみたい。このネタは志らくに合うと思うのだ。志らく流アレンジがしにくい噺なのかもしれないが、三軒を五軒や十軒に変えてでも、オリジナリティを発揮して欲しい。今日のような構成で演るのなら、談春にはかなわない。
-仲入り-(20:35-20:50)
『抜け雀』(20:50-21:25)
10年程前、吉川潮さんが当時の志らくを期待する若手として評するとき、「『創作力』『構成力』『演出力』を兼ね備えている」、と表現した。その力量が十分感じられる噺だった。本人が期待させただけのことはある。冒頭で定番といえる宿を探すプロセスや主人公の汚い身なりの詳細な説明を刈り込んで、宿のひどい設備の描写に焦点を当てたが、この創作は良かった。旅籠「相模屋」裏にある屋外の便所で、両手に松明を振り回しながら用を足すとか、風呂の少ない水を増やすためにその都度、宿のおやじと一緒に湯ぶねに入るナンセンス、あるいは階段の腐った段についての凝った説明、といった入れ物の楽しさは、他の噺家では味わえない。硯に水を張らずに持ってきた気が利かない宿の主に向かっての「インドの女中か!」も、笑える。また、絵師親子が「雀」や「鳥かご」を描く際の声と仕草の演出も秀逸。これなら、ある程度“志らくイリュージョン”に近づいていると思う。この噺だけでも、足を運び帰りに雨に濡れた甲斐があった。
にぎわい座は、影の立川流定席、のような存在だと思っている。志の輔、談春、そして笑志(生志)といった個性的なメンバーそれぞれのプログラムがある。しかし、根強い固定ファンで会場が継続的に埋まるのは、志らくだけかもしれない。もちろん、志の輔、談春は発売から5分以内にはソールドアウトだが、ある意味で全国区でのチケット争奪の結果でありお客さんの顔ぶれは入れ替わる。(とはいってもいつも来ている人がいるなぁ・・・・・・)「志らく百席」は、幅広い年齢構成のお客さんたちのやさしい眼差しを感じ、ビールを飲みながらゆったりと楽しむことができる。この雰囲気ば好意的観客゙に恵まれた時の寄席だ。
思い出すと、昨年の5月1日第18回(『火焔太鼓』『粗忽長屋』『子別れ(中)(下)』)も客席のムードはよく、3作とも10点満点なら8.5以上という出来栄えだった。さて通算78席が終了。大ネタや期待したいネタも結構残っている。あと8回なのか、特別版などがあるのか分からないが、本人が吐露するように、残されたネタへの挑戦に、できる限りお付き合いしたいものである。
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